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 *猫々気分* 

 

      たまに小説。 たまに日常。                気まぐれに綴る。 猫の足跡。   どうぞよろしく。  

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ウサギのヨンヨン ①

  
 これは、とある森の中でのお話です。

 
 綺麗な青い目をしたウサギのヨンヨンには、小さな宝物がありました。

 まだ小さい、息子のナルくん。

 ヨンヨンは立派なお父さんウサギです。

 奥さんは、お花です。お花畑にある、たくさんのお花です。

 これには深い大人の事情があるのだけれど、今は、そういうことにしてあります。

 だから、ナルくんは、お花が大好き。

 ヨンヨンが畑で人参の世話をしているときは、いつも森のお花畑で遊んでいます。

 絶対にヨンヨンが迎えに行くまで遊んでいるのに、今日は、違いました。

「父ちゃん、父ちゃん、大変だ!」

 遊びに行ったばかりだというのに、大慌てで畑に走ってきたナルくん。

「どうしたんだい、ナルくん」

 ナルくんがあまりにも慌てるものだから、ヨンヨンは土の付いた両手を自分のわき腹あたりで擦り、ナルくんを抱き上げました。

「母ちゃんが、大変なんだ!!」

「大変って、何が大変なんだい?」

 ナルくんはヨンヨンと同じ青い目を大きく見開いたまま、大変さを必死に訴えました。

「母ちゃんのところに、誰か倒れてる! 死んでるかもしれな…うわっ!」

 言葉が言い終わるか終わらないかのところで、ナルくんはぐるんとヨンヨンの腕から背中に回されてしまいました。

「それは大変だ!! ナルくん、しっかり掴まってるんだよ!!」

「わかった!!」

 ナルくんが自分の背中の毛を掴んだのを確認すると、四足になったヨンヨンは全速力で走り出しました。

 ヨンヨンはこの森で一番足の速いウサギだから、お花畑には、あっという間に到着しました。

 

 ヨンヨンとナルくんがお花畑に着いたとき、まだその親子はいました。

 元は綺麗な銀色の毛をしていたのだろうに、今は汚れてボロボロになっていました。

 二人が覗き込んでも、声をかけても、親子は倒れたまま、微動だにしません。

 ボロボロでガリガリのお父さんウサギの腕の中には、お父さんよりも軟らかい銀色の毛をした小さなウサギが眠っていました。

 子ウサギが安らかな寝息を立てているのに対して、お父さんウサギの呼吸は、とても静かで、今にも途切れてしまうんじゃないかと思うほど、不安になるものでした。

「お家に運ぼうか。ナルくん、手伝って」

「わかった!」

 守るように抱かれている子ウサギを引き離すのは少し可哀想に思ったから、そっと。本当にそっと抱き上げて、もう準備万端で背中を向けているナルくんにそっと預けました。

「行けるかい?」

「大丈夫」

 ナルくんは、自分よりも一周りちょっと大きい子ウサギをしっかりと背負いながら、元気に返事をしました。

 にっこり笑うナルくんに、ヨンヨンもにっこり笑うと、自分よりも三周り程大きなお父さんウサギを抱き上げました。

 お父さんウサギは、予想以上に軽くて、それが、とてもヨンヨンは悲しい気持ちにさせました。

 けれど、抱き上げたときに、お父さんウサギが微かに目を開けたから、ヨンヨンはまた笑いました。

「お子さんも近くにいますよ。家に運びますから、もう少し休んでください」

 お父さんウサギは小さく口を開けて何か言ったあと、ヨンヨンの青い瞳を見て、安心したようにすっと眠りに入っていきました。

「父ちゃん、早く!」

 先を行くナルくんは、どこか得意気です。短めの耳がピンと立って、青い目が輝いています。

「そんなに急いで、落としちゃダメだよ」

「父ちゃんもな」

「父ちゃんは落とさないよ。大人だからね」

「そっか」

 素直なナルくん。納得してしまいました。

 

 家に着いた二人は、ウサギの親子を、自分たちが使っている葉っぱのベッドに寝かせました。

 お父さんウサギが何度もせきをして、ついに子ウサギが目を覚ましました。

 灯りで照らされた木の天井に驚いて、葉っぱのベッドに驚いて、隣で寝ているナルくんに驚いて、最後にヨンヨンを見ました。

「こんにちは。花畑で倒れているところを見つけたから、家に運んだんだ。僕はヨンヨン。その子はナルくん。この森に暮らす普通の親子です」

 子ウサギは、赤い目を真ん円にして、ヨンヨンを見ています。

「きみの名前は?」

 一歩近づくと子ウサギが一歩下がるので、ヨンヨンはその場でしゃがみ込んで、尋ねました。

「名前を教えて欲しいんだ」

 なかなか答えない子ウサギに、根気強くヨンヨンは尋ねます。

 穏やかな沈黙が流れ、子ウサギの警戒心が緩もうとしたとき、突然お父さんウサギが激しく咳き込みました。

「父さん!」

 子ウサギがお父さんウサギの痩せた背中を撫でます。

 ヨンヨンが代わろうとしても、避けようとしません。

「父さん! 父さん!!」

「…コカカか?」

 お父さんウサギは、苦しそうな顔で、体勢を起こして、息子を抱き、それから隣で背中をさするヨンヨンを見ました。

 何かを言おうとして、再び咳き込みます。

「父さ……」

 子ウサギの叫びが、ぴたりとやみました。

 ヨンヨンが見えたのは、血の付いたお父さんウサギの手のひらと、その向こう側で、目を見開いたまま石みたいに固まっている子ウサギの姿でした。

     
  
+++++++
  
  
突然始まった小話ですが、続いちゃったりします。
今までも数本小話がありますが、どれも途中で終わっているものばかり…(。_+)\
今度こそ、完成までアップいたしますので、お付き合いいただけると幸いです~。
   
   
   

    

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帰郷。

f2af6065.jpeg      
     
     
家に帰ると、九州の祖父の家と同じ匂いがした。
     
火薬と畳と食べ物が混ざった。
懐かしい、夏の匂いだ。
      
久しぶりに会う父は相変わらず腹が目立ったが、赤くて丸い顔と背は少し小さくなったように見えたし。
時折電話をよこすやかましい母は、ジャガイモがごろごろ入った大きなコロッケを、夕飯に出してきた。
    
久しぶりの手作りコロッケだね、と言うと。
父のリクエストなのだと母は答えた。
   
盆の始まりに赴任先のマレーシアから帰ってきた父は。
盆が終わるよりも先に。
新たな勤務地の近くへと、再び引越しをする。
     
ずっと昔。
勉強をやらないことをものすごく怒った、真面目で厳しかった父は。
人と上手く接することが出来ず。
逃げるように会社を辞めたわたしを。
怒らなかった。   
    
「お父さんも新しい場所で頑張るから、あんたも勉強頑張るんだよ」
数回目の別れの挨拶。
父の優しさに初めて気付いた。
泣いた。
   
         
久しぶりに晴れた夕暮れ。
犬と一緒に湿った道路を歩く。
  
穏やかな風が出ていた。
太陽は、ずいぶんと下のほうにいた。
濃い、夏の匂いがどこからかしていた。
   
携帯を空にかざすと。
空は薄い水色で。
どこまでも広がる田んぼには稲が揺れていて。
  
今朝、メールをくれたあの子への返信に。
写真を添付した。
  
「ほらね。なんにもないでしょう」    
    
二十二年、ここにいました。
    
産まれた病院は経営難ゆえ産婦人科をとうの昔に辞めたし。
通った高校は合併したし。
商店街は廃れていく一方だし。
田んぼ、多いし。
     
なんにもない。
     
         
子供の頃。
思い切り嗅いだ夏の匂い。
         
刺さるような日の光と。
耳障りな蝉の声が。
   
ところどころ。
記憶を蘇らせる。
     
もう。
実家の玄関で。
祖父の家の匂いを感じないけれど。
   
家を出ている今。
玄関に入ったときに感じる、人の家にきた時の感覚は。
きっと。
ずっと。
つきまとうのだと思うと。
切ない。
    
   
そういえば。
わたしの家の玄関の扉は。
夏はいつも。
開いていたなぁ。    
     
       
   
      

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エナミューナとコンクルナイツ 【0】

    
【 序章 : 緑の村にて 】
  
     
ある村に立ち寄ったときのこと。
男は、声を聞いた。
初めは空耳かと思った。
前から来る二人組みの少女や、横を駆け抜けていった子供達には聞こえていないようだったから。
「ねぇ、ライ。誰か呼んでる」
でも、肩に乗せている相棒がこう言ったので、男は元々ゆっくりだった歩調を止めて、またゆっくりと、空耳が聞こえたほうを見た。
普通の民家が、街よりも広い間隔を持って並んでいる、
この村の家はほとんどが平屋だし、庭も広い。
土地だけはある、田舎にはよくある光景だ。
おまけに、大陸の南東にあるこの地方は、一年を通して比較的暖かいらしく、植物が育つのに適している。
一度も雪を被ったことなどないだろう、ひときわ緑溢れる庭を見て、北国出身のその男は、どうりでどこか浮ついている感のある村だ、と結論付けた。
その時だ。
その庭に建つ家の角から、一匹のぶち猫が。
「まーてー」
そして、箒を振りかざしている少年が。
突然現れたかと思うと、そのまま腰ほどまでの庭の柵に足をかけて、男のほうに、飛び掛ってきた。
「ライ!?」
猫の腹が見えた。
猫がすっぽりと、太陽から自分を隠した。
猫ってこんなに高く飛ぶ生き物だったのか。
「ちょっ、ライ。避けなさいよ―――」
「うわっ、兄ちゃん。危な―――」
「い」までは聞こえなかった。
空中に飛び上がった猫は、男の後頭部に一度着地し、踏み台にして、更に飛び、ものすごい速さで、走り去っていった。
問題なのは、上手に飛び越していく力がなかった少年のほうだった。
猫よりわずかに遅れて宙を舞った少年は、男の背中に落下をし、三人まとめて、地面に、崩れ落ちた。
「なんで避けないんだよ、兄ちゃん……」
向かってきたのはそっちだろうに、勝手なことを言う子供だ。
「わっ。なんだよ、急に」
むっくりと起き上がると、背中から子供が転がり落ちて、ついでに小さな相棒も転がり落ちて。
子供が持っていた箒がカランと音を立てて、地面に落下した。
その時、確かに男は声を聞いた。
「痛い」という小さな叫び声を。
男がその声のほうを見るのと、いつの間にか近くにいた少女が箒を拾い上げるのは、ほぼ同時だった。
「大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」
日の光を浴びて、すくすくと育った葉のように鮮やかな緑色の光が、気遣わしげに揺れて。
男は一瞬、反応に困った。
正確に言えば、一瞬ではなく、しばらく無反応だったので、少女は少し困ったように首を傾げると、男の後ろで倒れている少年のほうに視線を逸らした。
あぁ、残念だ。
自分でも何が残念なのかよくわからなかったけれど、男はそう思った。
「こら、サース。あなたも謝りなさい。どさくさに紛れて逃げようったって、そうはさせないんだからね」
「うるさいなぁ。年上だからって、いちいち母親面するんじゃねーよ」
「サース!!」
「お前も魔女の血引いてるんだったら魔法使って捕まえるくらいしてみろっての。バーカ!!」
駆け出そうとする少年。
けれど、ちょうど足元に転がっていた男の相棒が、わざと身を丸めて固まったので、少年は、一歩目を踏み出した早々、派手に胸から倒れこむ形となった。
少女が少年のそばにしゃがみ込み、慣れた手つきで土を払ってやる。
「あんまり憎まれ口ばかり叩くんじゃないの。ほら、みんな心配して集まってきたじゃない」
「笑いに、の間違いだろ」
涙を溜めた少年の瞳は、少女と同じ緑色だった。
「お返しよ」
背中を伝い、男の肩に戻ってきた相棒が、耳元で囁く。
相変わらず性格が悪いな、と思うと、それが伝わったのか、フンと鼻を鳴らされた。
「ほら、立って。そしてそこの男の人に謝りなさい。誰も笑っていないから。ランツおじいちゃん、おばあちゃんにアルドにジェス、心配かけてごめんなさいね」
「サース兄ちゃん、かっこわるーい」
「だっせー」
「うるさいなぁ!」
まだ舌足らずな口調の子供達にからかわれて、少年は立ち上がった。
「こーら。あんたの相手はこっち」
走り出そうとした少年の肩を掴んで、少女が少年を振り向かせる。
男は初めから大して気になどしていなかったけれど、じっと見つめられたので、じっと見返すと、少年は少し怯んだように「ごめん」と小さな声で言った。
少女はその少年を後ろから抱きかかえながら、再び男の方に顔を上げた。
「本当にごめんなさい。今のところは何もないようでよかったけれど、もし何かあったら広場にある診療所まで来てください。うちのパパとおじいちゃんがやってるんです。エナって名前を出してくれたらわかるように言っておきます。えっと、あなたのお名前をお尋ねしてもいいですか……?」
男にはじっと見られるとじっと見返す癖があった。気まずくなって相手が逸らすまで、ずっと。
やられたらやり返すという言葉があるように、見られたから見返した、ただそれだけのことだ。深い意味などない。
ただ、今回は、この緑の瞳が綺麗だと、それだけを思って。
この瞳が再び逸らされるのはもったいないような気がして。
「ウェイ」
気がつくと、すぐに思い浮かんだ名前を、口にしていた。
少女が目を円くして、肩の相棒の驚きが伝わってきて。
すぐに出てくる名前がこれなのかと自分に嫌気が差した時に。
少女が、笑った。
「ウェイさん、ですね? 父に伝えておきます」
   
男が生まれたのは、一年の半分は雪に覆われるような、そんな王国だった。
空はいつも寂しい色をしていたし、人々はいつも、分厚い衣服の内側に本心を隠して会話をしていた。
捨てた過去だと言うのに、頭の中にはいつもこの風景がある。
窓から外を見ると、裸の庭木が寒風の中、貧相に立っていて。
耐えるというよりも、ただ絶えるのをじっと待っているような姿が。
 
昔も今も、嫌になるくらい、自分そっくりだ。
   
    
  

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ウィンタートライスター

 
 
身を切る寒さの中。 
空を見上げた。
冬の空に必ずあるそれは、とても目立つ姿をしているから。
探すのに時間は要らない。
位置を確認すると、安心するんだ。
自分が遠くに行けば行く程。
俺は決まって空を見上げた。
悴んですっかり感覚をなくした耳に。
たった一言。
きみの声が聞こえた気がして。
あぁ、もう大丈夫だ、と。
そう思った。
 
 

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天国漂白剤 ②

   
 
「あっ」
前に座る何人かが不思議そうに振り向いたから、あたしは今言葉を発したのは自分じゃないですよ、という顔で、ノートに視線を落とした。
大教室で行われる、他大学の教授を招いた、五限の講義は、いつも以上に空席が多い。
秋は、心がすっからかんになる季節だから。
きっと、みんな、つまらない授業なんかに時間を割くよりも。
軽くなった体で、風船みたいに。
飛んでいきたくて、たまらないんだわ。
青くて冷たい、終わりのない空に。

 

「ねぇ、フラン。あたし気付いたんだけど」

「いきなりどうしちゃったの? うかちゃん」

「どうしてフランの目は黒いの? 白ウサギって、普通、目は赤いのよ」

あたしの質問に、フランは真っ黒い瞳を真ん円にして、鼻先をひくひくさせた。

「今更そんなこと聞く? 聞く?」

白いフランの薄い桃色の鼻先。

そういえば、黒かった頃からも、鼻先はピンクだった。

ジルの鼻先と手足が焦げ茶色であるように、フランの鼻先と足先は、あの頃から、白かったから。

あぁ、可愛いな。

真っ白なフランの真ん中にある淡い桃色は、なんだか特にそこだけ柔らかそうで、弱そうで、あたしは思った。

アキレスの踵。

フランの鼻先。

「だってあたしは白ウサギじゃないもの」

小さな声でフランが呟いて、げらげらと、ジルが笑った。

「うかちゃんさぁ、遺伝子って知ってる? フランは死んだから白くなっただけで、そこいらにいるうさぎとはわけが違うんだ。あいつらは、遺伝子の影響でやむなく赤い目をしているだけなんだから、黒うさぎのフランが赤い目をしていたら、それこそおかしな話なのさ」

こんなときだけ擦り寄ってきた足元のジルを見て、あたしは、思ったこととあまり関係のないことを口にした。

もしかしたら、ジルも、そういうの持ってるのかしら?

「じゃあ、質問を変えるわ。フランのその毛はどうやって白くなったの?」

「え? なんでそれぼくに聞くの?」

「あんたはそう思ったことはないの? 」

「ぼくは色よりにおい派だからね。フランがちゃんとフランであれば、あまりそういうの、気にしないほうなんだ」

「そう……じゃあもういいわ。本人に聞くから」
フランはまだ鼻先をひくひくさせている。
真っ黒な目をまん円に開いたまま、まばたきすらしない。

「ねぇ、どうやって白くなったの?」

「それは……」

「ねぇ、うかちゃん。この話はもうやめようよ。他の、もっと楽しいお話しよう」

「におい派は黙ってて」

「うかちゃん、今日のバイトはどうだった? ねぇ」

なんでかばうように、急に無理やり話を逸らさせようとするのだ。

『変わらない』って返事をするの、わかっているくせに。

あんたも知ってるの?

「ねぇ、フラン」

もしも天国の入り口に洗濯機と洗剤とその他もろもろの「綺麗にする道具」があって。

そこに。

漂白剤もあるのならば。

「教えて。あんたのその毛はどうやって白くなったの?」
ついででいいから。

「ずっと、考えていたのよ」
あたしのことも。

「考えて、考えて、もしかしたら、って、思ったの」
白くして欲しいのだ。

「もしかして、あんた、ひょ……」

 
わんわん。


ものすごく近くで、耳を劈くような激しい犬の鳴き声がした。 
 
ワンワン。

ワンワン。ワンワン。

 

いけない。
あたしは慌てて正面のフランを見たけれど、フランは白い翼をばさりと広げて、空高く飛び上がった。
黒い瞳が、じっとこちらを見下ろしていた。

「うかちゃん。ジル。ばいばい。またね。忘れた頃に、会いましょう」
金色の輪が光って、一面を包み込んで。

次に目を開けると、見慣れた白い天井があって。

どこかの馬鹿犬が、早朝だというのに、よく通る声で、鳴いていた。

 

庭に下りたあたしは、茂みに消えていった猫に向かってまだ吠えている黒い犬の背中を、その後、五分間ほど撫で続けてやらなければいけなかった。

大人しくなってきたので、立ち上がると、なぜだか、普段は気にしていない不細工にねじれた尻尾が、そのとき急に目に飛び込んできて。

あたしは、ふいに、それを掴んだ。

むんずと。

すると、犬が高い声で鳴いて飛び上がって、あたしを恨めしそうに見上げた。

その顔が、たくさん文句を抱えているその顔が。

面白くて。

あたしは笑った。

あぁ、ジル。

あんたはやっぱりそこなのね。

「今日は特別にあたしが散歩に行ってあげる」

手を伸ばしたって届かない。

突き抜けるような秋の青空の下。

黒いもの同士、仲良く歩きましょう。

 

余計なものがたくさんつまったあたしは。
いい子のふりをして。

待ってるよ。

神様。

いつまでも。
いつまでも。

 
そこに行くまで、ね。

 

 
 

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天国漂白剤 ①


 
うちのうさぎが白くなって戻ってきた。
死んでから、一年半後のことだ。
はっきり言って、戻ってきたのが本当にうちのうさぎなのか、未だに疑っていたりもする。
八年も同じ家で過ごしてきたのに、この子の顔とか体の細かい配置など、あまり見ちゃいなかったらしい。
色って結構大事ね、って、思う。
「うかちゃん、うかちゃん、今日のバイトはどう?」
「『いつもと変わらない』」
「なんであんたが答えるの?」
「うかちゃんの答えはいつも決まっているからね。誰が答えても『変わらない』よ」
黒シバのジルが生意気な口を叩いた。
「確かに! 変わらない。変わらない。これからはうかちゃんのこと、ジルにも聞こう」
真っ白になって戻ってきたフランは、同じく真っ白な翼を背中に携えて、頭に黄金の輪っかを乗っけて、「あぁ、死んだんじゃん。それで天使になってるじゃん」って一目で思う姿をしているけれど、中身はあまり良い子ではなかった。
綺麗に洗濯されたのは、毛、だけだったらしい。
人間界ではね、外側よりも中身のほうが重要視されるようになってきているんだよ。
知らないの? 神様。
人間を作ったのがだいぶ前過ぎて、今を生きる若者のあたしから見ると、あなたの存在なんて時代遅れもいいところだ。
「うかちゃんはいったい将来何になるんだろうねぇ」
「きっと、大学を卒業した後はそのまま流されるように、受かった会社に就職するんだよ」
「めでたしめでたし?」
「うん。視聴者的には釈然としないけれど、本人はこれで何の不満もないから、めでたしめでたしでいいんだ」
「とてもつまらないストーリーだね」
「結局うかちゃんの存在って何? って感じ」
「それは辛いねぇ。そういう感想をもたれちゃうのって、辛い。っていうか、そういう感想を持たれても、何にも思わずに平気な顔をしていられるのがすごい。終わってる!」
「終わってる!!」
子供みたいな甲高い声で笑う二人。
つられてあたしも笑った。
あぁ、そうだね。
確かにそうだ。
真っ白になったフランみたいに死んでもいない。
黒いまんまのジルみたいに生きてはいるけれど。
ただただ息の出し入れをしているだけのあたしの人生は、もう。
終わっているのと大差ないんだ。
 
例えば天国の入り口に洗濯機があって。
体を綺麗にすることが義務付けられているとして。
そこにはどんな汚れも洗い落とす漂白剤があるとしよう。
そうしたら。
何かの拍子に。
神様が手を滑らせて、それを、この世に、ばらまいてしまえばいい。
 
真っ白な世界。
真っ白な人。
真っ白なあたし。
 
今度は心も、忘れないでね。
 
 
 

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プロフィール

HN:
北村 由伽
年齢:
39
性別:
女性
誕生日:
1984/11/01
職業:
ブライダル関係(映像)
趣味:
本を読むこと・映画を見ること・音楽を聴くこと
自己紹介:
 
  
趣味は多いが特技は少ない。
要するに、ただの下手の横好き(笑)
 
県内の文系四大を卒業。
同時に実家を出る。
一年目は派遣をやりながら自由気ままに楽しんだ。
二年目は事務員として働くも、「一族経営・少人数・運送関係」の逆境に負け、一年で退社。
三年目に職業訓練に通い、就職活動再開。
事務職の募集で訪れた先で、技術職だったらやとうよと言われる。
もともと「ものづくり」には興味があったので、未経験でも教えてくれるならばと思い、入社。  
  
人生どうなるかわからない。
 
ただいま奮闘中。
一番の敵は、すぐに怠ける自分自身である(笑) 
 
  
*好きなもの(敬称略)*
 
漫画→ハチミツとクロー○ー/NAR○TO/
  鋼の錬金○師/ヘタ○ア/柳○望作品/谷川史○作品
 
小説→小野不○美作品/森○都作品
 
曲→L'Arc〜en〜Ci○l/
  KAT―TU○/EveryLittle○hing/Y○KI/安○裕子
 
俳優→堤真○/森○未來/赤西○/○藤健
女優→菅野美○/ミム○/蒼○優/上○樹里
    

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